言語の本質 — アブダクションと、副作用が世界を彩るということ

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『言語の本質』(今井むつみ・秋田喜美、2023)は、「ことばはどう生まれ、進化したか」という大きな問いに、認知科学と言語学の両側から答えようとする一冊です1。新書大賞 2024 の大賞に選ばれ、広く読まれました。本書の中心には二つの鍵概念があります ── 身体と記号を橋渡しする オノマトペ、そして、その橋を渡って言語体系を立ち上げる アブダクション(仮説形成の推論) です。

本稿では、本サイトが繰り返し用いてきた枠組み ── 記号で考えること、差延、検証と妥当性確認 (V&V) ── を通して本書を読みます。先に結論を述べれば、本書は「知的営為の普遍形式が、言語の獲得という現場でそのまま観察できる」ことを示した実証研究として読める、というのが本稿の見立てです。

記号接地問題と、オノマトペという媒介

抽象的な記号は、それ自体では現実に接地しません。「リンゴ」という音の連なりは、リンゴそのものとは何の必然的関係も持たない ── ソシュールのいう 恣意性 です。では、子どもはどうやって最初の記号を現実に結びつけるのか。これが 記号接地問題 (symbol grounding problem) です3

本書の答えが オノマトペ です。「コロコロ」「ふわふわ」のような、音と意味が身体感覚で結びついた記号 ── これが、身体(モノ)と抽象的な記号体系(コト)のあいだに架かる最初の橋になる、と論じられます。完全に恣意的な記号の海へいきなり飛び込むのではなく、身体に接地した足場から渡り始める、という構図です。

これは本サイトでいう 媒介性 の言語版だと読めます。私たちは何かを通してしか世界を捉えられない。オノマトペは、その「通すもの」が最も身体に近い形で現れた事例だといえるでしょう。

アブダクション ── 根拠づけられない飛躍

本書がブートストラッピング・サイクルの駆動力として取り出すのが、アブダクション です。C.S. Peirce は推論を三つに分けました ── 演繹(規則+原因 → 必然の結果)、帰納(事例 → 規則)、そして アブダクション(結果 → 最善の説明仮説)2。前の二つは既知の枠組みの内側の操作であり、新しい概念を生みません。新しい区別を導入できるのは、アブダクションだけ です。

子どもは、限られた手がかりから語の意味へと飛躍します。その飛躍は論理的には正当化されません ── 結果から原因への推論は、必然ではないからです。本書は、この「正当化されない飛躍」こそが言語獲得の本体だと論じます。

これは本サイトが なぜV&Vは終わらないのか(応用編) で論じた構造と同じです。検証は必要条件を確かめられても、「そもそも何が正しいか」は形式的に閉じない。どこかで、根拠づけられないまま飛躍し、決めるしかない。アブダクションとは、その飛躍を推論として名づけたものです。

新しい区別を生むのは、根拠づけられない飛躍だけである。

勘違いは副作用である ── そして副作用こそが役に立つ

飛躍は、しばしば外れます。子どもは覚えたての規則を当てはめすぎて、大人は使わない活用を口にする。これは誤りです。けれども本書が示すのは、その誤りが言語を 進化させる ということ ── 誤用が定着し、規則が組み替わり、言語は世代を超えて変わっていきます。

ここが、本書で最も共感した点です。世の中の彩りは、勘違いのようなエラーから生じている。そしてそれは、ソフトウェアの 副作用 (side effect) と同じ構造をしています。副作用とは、計画外の帰結のこと。バグとして嫌われますが ── 副作用のまったくない純粋関数は、安全である代わりに、外の世界には何も起こしません。副作用がなければ、役に立たない

ペニシリン(アオカビの副作用)、ポストイット(失敗した接着剤の転用)── novelty はしばしば、計画の 残差 から生まれます。アブダクションの誤りも、ソフトの副作用も、同じ「不完全な推論/計画外の帰結」であり、それこそが世界に彩りを与える 生成的な余剰 なのです4

副作用がなければ、役に立たない。

本サイトの枠組みでいえば、これは反復が「閉じない」部分 ── 残差 ── にあたります。閉じきらないことは欠陥ではなく、次の新しい差延の種です。だから私たちは、閉じないことを積極的に選ぶ。誤りを消すのではなく、誤りを次の糧に変える系を設計する。

接地と恣意性のあいだ ── 中庸という設計

本書のもう一つの達成は、言語が「身体に接地したオノマトペ」から出発しながら、なぜ「恣意的で抽象的な記号体系」へと離陸できたのかを説明した点です。接地しすぎれば一般化できず、恣意的すぎれば学習の足場を失う。接地と恣意性の中庸 のところで、言語は立ち上がります。

これは スケールという自由度(スケール編) で論じた Whitehead 的な「中庸な抽象」と同じ構図です。短すぎても長すぎても秩序は見えず、適切な倍率でのみ意味のある構造が立つ ── 言語もまた、身体と抽象のあいだの中庸な倍率で結晶する、と読めます。


『言語の本質』は、ことばの起源論として読めると同時に、知的営為そのものの自画像 としても読めます。差を取り(オノマトペで世界を分節し)、仮説へ飛躍し(アブダクション)、確かめ、誤り、その誤り(副作用)を次の糧にして繰り返す ── これは本サイトが 決定論的にではなく、相対的に で述べた、記号で考える存在の普遍的な形式そのものです。

絶対の地面を持たないまま、ことばはアブダクションの飛躍によって自らを更新し続けてきました。そして、その飛躍の 誤りこそが、言語に ── ひいては世界に ── 彩りを与えてきた。本書は、それを子どもの口から実証してみせた一冊だといえるでしょう。

参考文献


  1. 今井むつみ・秋田喜美『言語の本質 ── ことばはどう生まれ、進化したか』中公新書 2756、中央公論新社、2023 年。記号接地問題・オノマトペ・アブダクションによるブートストラッピング・サイクルが本書の中核。 

  2. C.S. Peirce による三推論(演繹・帰納・アブダクション)と可謬主義 (fallibilism) については Collected Papers of Charles Sanders Peirce (Harvard University Press, 1931–1958)、とくに “Deduction, Induction, and Hypothesis” (1878)。アブダクションを科学的発見の真の源泉と位置づけた。 

  3. Harnad, Stevan. “The Symbol Grounding Problem.” Physica D: Nonlinear Phenomena, vol. 42, no. 1–3, 1990, pp. 335–346. 抽象記号がいかにして現実に接地するかという問題の定式化。 

  4. 計画外の帰結(副作用)の生成性については Merton, Robert K. “The Unanticipated Consequences of Purposive Social Action.” American Sociological Review, vol. 1, no. 6, 1936, pp. 894–904.