組織はなぜ機能不全に陥るのか — 現代組織論の五つの古典
組織はなぜ「正しい人々が正しく振る舞っている」のに機能不全に陥るのでしょうか。この問いに対し、19 世紀末から 20 世紀後半にかけて、社会科学は五つの異なる答えを準備してきたといえるでしょう。それぞれ異なる学問領域から、異なる病理を取り出していると読むことができます。
規範の空白 — Durkheim のアノミー (1893 / 1897)
フランスの社会学者 Émile Durkheim (1858–1917) は『社会分業論』(1893) と『自殺論』(1897) で、社会病理を アノミー (anomie, 語源はギリシア語の「法のない状態」) と名付けました12。Durkheim は『自殺論』第二部第五章でアノミーを次のように定式化しています。
我々の感受性には、満たされる必要のある状態がある。そしてこの状態が法則によって導かれるのでないなら、それは無規制 (アノミー) の苦痛の源となる2。
中心命題は、社会は単に個人の集合体ではない、というものだといえるでしょう。社会には固有の構造があり、その構造が崩れると人々は方向性を失う。アノミーが指す状態とは、旧規範が機能しなくなり、制度的制約が外れ、欲望が無限定になり、達成不可能な目標と限られた手段が乖離し、個人と集団の結びつきが希薄化することの総称だと整理できます。
『自殺論』はこの抽象命題を統計データで裏付けた、近代社会学の出発点だと位置づけられるでしょう。20 世紀後半、Robert K. Merton はアノミーを「文化的目標と制度的手段の構造的乖離」として再定式化し、現代の犯罪社会学の基礎にしました3。
個人の合理性が集団の非合理を生む — Olson (1965)
70 年ほど後、米国の経済学者 Mancur Olson (1932–1998) が『集合行為論』(The Logic of Collective Action, 1965) で、別の角度から組織の病理を取り出します4。Olson は同書の中心テーゼを次のように述べています。
集団のすべての成員に共通する利益がある場合でも、合理的かつ自己利益を追求する個人は、集団の利益を実現するために行動しないであろう ── 集団規模が小さいか、強制または何らかの特別な誘因がない限り。
数百万の市民が「全員が少しずつ協力すれば改善する」課題 (環境、公衆衛生、政治参加) を放置する根本的理由を、Olson は数式で示したと整理できるでしょう。各個人の合理的選択の積み重ねが、集団全体の非合理を生む。公共財は構造的に過少供給される、と読むことができます。
管理する側のインセンティブ — Niskanen (1971)
Olson が「集合行為に参加する側」を分析したのに対し、米国の経済学者 William Niskanen (1933–2011) は『官僚制と代議制政府』(1971) で管理する側の合理性を分析しました5。
その核心命題は単純です ── 官僚は公益のためではなく、自らの裁量予算を最大化するよう行動する。予算が大きいほど権限・給与・威信が増すからです。これは官僚個人の倫理問題ではなく、システムが官僚にそう振る舞うインセンティブを与えているという構造的指摘だといえるでしょう。後に George Stigler の規制捕獲理論 (1971)6 や Patrick Dunleavy の予算最適化モデル (1991)7 が、この系譜を発展させていきます。
コモンズの自治 — Ostrom (1990)
Olson 的悲観論への力強い反証を提示したのが、Elinor Ostrom (1933–2012) です。『コモンズの統治』(Governing the Commons, 1990)8 では、世界各地の漁村・灌漑共同体・森林管理の実証研究から、フリーライドの不可避性に反する成功事例 が体系化されました。
政府による規制でも市場による私有化でもない「第三の道」としての コモンズの自治 ── 利用者同士がルールを作り、相互監視し、紛争を解決する形態が、丁寧な実証で取り出されています。Ostrom はその成功条件を 8 つの設計原則として抽出し、2009 年にノーベル経済学賞を受賞しました。
区別の連鎖としての社会 — Luhmann (1984)
ドイツの社会学者 Niklas Luhmann (1927–1998) は『社会システム』(Soziale Systeme, 1984) で、もう一段抽象的な見方を提示しました9。中心命題は、社会の単位を 個人ではなくコミュニケーション に置くという反転にあるといえるでしょう。
社会は人間から構成されるのではない。社会はコミュニケーションから構成される。
各コミュニケーションは「情報・伝達・理解」の三重選択として成立し、次のコミュニケーションの可能性条件となります。社会システムはこの連鎖が閉じることで存立する (オートポイエーシス) と整理されています。Luhmann によれば、近代社会は機能分化された副システム (経済・法・科学・政治・芸術…) の並存であり、それぞれが固有の二値コードで動くと読むことができます。
- 経済: 支払可/支払不可
- 法: 合法/違法
- 科学: 真/偽
- 政治: 与党/野党
副システム間のコードは互いに翻訳できない。社会は統一的な中心を持たない ── これが論考の到達点だといえるでしょう。
五つの古典が示すもの
| 思想家 | 出版 | 病理の所在 |
|---|---|---|
| Durkheim | 1893/1897 | 規範の空白 (アノミー) |
| Olson | 1965 | 集合行為のフリーライダー |
| Niskanen | 1971 | 管理者側のインセンティブ |
| Luhmann | 1984 | 副システム間の不可通約性 |
| Ostrom | 1990 | (反論) 自治による克服可能性 |
90 年あまりにわたるこれら五つの古典は、組織の機能不全がどこに、なぜ生じるかを異なる角度から照らしているといえるでしょう。「悪い人」がいるのではなく、構造が病理を生む ── 共通の含意だと整理できます。
ただしその構造は固定されていません。Ostrom の研究が示したように、注意深い設計と相互監視の蓄積によっては、機能不全は自治的な統治へと反転しうる、と読めます。組織を変えるとは、構造を変えることだといえるでしょう。
ここから少し、五つの古典を 2026 年の状況で読み直してみたいと思います。プラットフォーム企業が国家規模の影響力を持ち、生成 AI が意思決定の補助から代行へと滲み出しつつある現在、五つの病理はどんな形で現れているでしょうか。
Olson のフリーライダー問題は、データという公共財において先鋭化しているといえます。各個人が自分のデータを少しだけ共有することで集合的な改善 (医療・気候・教育) が可能になるのに、合理的個人は提供を控える ── これは古典的フリーライドの新しい現れだと読むことができるでしょう。
Niskanen の予算最大化バイアスは、AI ガバナンス機関の設計においてそのまま反復しうる論点です。「AI の安全性を担保する」名目で権限と予算が肥大化する誘因が、構造的に組み込まれてしまう可能性 ── これは Niskanen の枠組みからの直接的な含意だといえるでしょう。
Luhmann の機能分化論は、副システムが AI モデルを共有しはじめたときに新しい局面を迎えるかもしれません。経済の二値コードと政治の二値コードを同じモデルが処理するとき、コードの不可通約性は弱まるのか、それとも別の形で再生成されるのか ── これは古典の枠組みでまだ予測がつかない問いだと位置づけられるでしょう。
五つの古典は、現代の組織病理を直接診断してくれるわけではありません。けれども、診断のための語彙 ──「アノミー」「フリーライド」「予算最大化」「不可通約性」「コモンズの自治」── を用意してくれているといえるでしょう。問いを立て直すための起点として、五つの古典は今も生きていると整理することができます。
参考文献
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Durkheim, É. De la division du travail social. Félix Alcan, Paris, 1893. 邦訳: 田原音和訳『社会分業論』青木書店、1971 年。 ↩
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Durkheim, É. Le Suicide: Étude de sociologie. Félix Alcan, Paris, 1897. 邦訳: 宮島喬訳『自殺論』中公文庫、1985 年。 ↩↩
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Merton, R. K. Social Theory and Social Structure. Free Press, Glencoe, 1949. 邦訳: 森東吾ほか訳『社会理論と社会構造』みすず書房、1961 年。 ↩
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Olson, M. The Logic of Collective Action: Public Goods and the Theory of Groups. Harvard University Press, Cambridge, 1965, p. 2 ── “… rational, self-interested individuals will not act to achieve their common or group interests.” 邦訳: 依田博・森脇俊雅訳『集合行為論』ミネルヴァ書房、1983 年。 ↩
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Niskanen, W. A. Bureaucracy and Representative Government. Aldine-Atherton, Chicago, 1971. ↩
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Stigler, G. J. “The Theory of Economic Regulation.” The Bell Journal of Economics and Management Science, vol. 2, no. 1, 1971, pp. 3–21. ↩
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Dunleavy, P. Democracy, Bureaucracy and Public Choice: Economic Explanations in Political Science. Harvester Wheatsheaf, New York, 1991. ↩
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Ostrom, E. Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action. Cambridge University Press, Cambridge, 1990. 邦訳: 原田禎夫・齋藤暖生・嶋田大作訳『コモンズのガバナンス』晃洋書房、2022 年。 ↩
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Luhmann, N. Soziale Systeme: Grundriß einer allgemeinen Theorie. Suhrkamp, Frankfurt am Main, 1984. 邦訳: 佐藤勉監訳『社会システム理論 (上・下)』恒星社厚生閣、1993–1995 年。 ↩